かなとこ雲(積乱雲)の上空を浮遊する天野陽菜

今年(2021年)の正月に、「天気の子」がテレビ放送された。話題の作品であったので、見逃さないように昨年末に録画設定し、正月明けに視聴した。画伯を目指している私に取ってリアルな美しい映像にも興味があったが、ここでは映し出されていた積乱雲に焦点を当て投稿する。

平らな積乱雲

天辺が平らな積乱雲(かなとこ雲)

地上から見慣れているもこもこした入道雲(積乱雲の一種)の由来は、大入道の坊主頭に似ていることから来ている。映画では上から眺める積乱雲が、坊主頭にほど遠く平らになっており、積乱雲の描写にリアルティがないなぁ」と思った方もいるかもしれない。天野陽菜が横たわる雲上の野原を見て、「アバター」や「天空の城ラピュタ」の空想上の浮いた陸地を思い浮かべた方もいるのでは。

しかし、野原はおいといて、平らになっていたのは眠るように横たわる天野陽菜に適した場所にした空想上の形状ではなく、リアルティな描写である。勢力の強い積乱雲は実際に天辺が平らに広がることがある(平らになった積乱雲は、坊主頭に見えないので「入道雲」と言わない)。
以下に、積乱雲の天辺が、なぜ平らになるかを積乱雲の基礎知識も述べながら解説する。

積乱雲ができる仕組み

積乱雲が発生するための要件として、「大気の状態が不安定」である必要がある。大気の状態が不安定とは、地上には暖かい空気の層があり、上空には冷たい空気の層がある状態のことで、つまり地上と上空に大きな温度差が生じる必要がある。この状態に加え、地上の空気が湿っていると積乱雲が発生し易くなる。
ただ、発生し易くなると言っても、この状態だけでは地上の暖かい空気の塊が自力で上昇できなく積乱雲が発生することがない。しかし、地上の暖かい空気の塊をある程度の高さまで持ち上げてくれる外部要因があれば、それ以降は自力で上昇し続け積乱雲に発展することになる。
この外部要因例として次のものが挙げられる。
前線
前線により、暖気は持ちあがる。なお、寒気が暖気の下へ潜り込むようにして進む寒冷前線は、暖気が寒気の上を乗り上げるように進む温暖前線より、持ち上げる力が強く、強い上昇気流を生む。
山を越える風
風が山にぶつかり山を越えることにより、空気は山の斜面に沿って上昇する。
低気圧※1など風が集まる状態
気圧に差があると、空気はその差を埋めようとして、気圧の高いところから低いところへ流れるため、低気圧が発生すると、周囲から低気圧中心へ風が吹き込み空気が1カ所に集まる。そうなると集まった空気は平面上に逃げ場がないので上昇する。
このような外部要因により、上空に持ち上げられた暖かい空気の塊は、次の原動力を得て上昇し続けることになる。
膨張によるもの
上空へ行く程気圧が下がるので、持ち上がった暖かい空気の塊は温度が下がる※2が、この時、上昇した空気が周囲の空気の温度より高ければ空気の塊は周囲より軽いため更に上昇し、周囲と同じ温度になるまで上昇し続ける。つまり、地上と上空の温度差が大きい程、高く上昇できる。
凝結・凝固によるもの
空気は温度が低い程、飽和水蒸気量※3が減る。よって、上昇により温度が下がり続ければ、いずれ空気中の水蒸気が飽和状態(露点温度)に達し、以後凝結が始まる。水蒸気が凝結により水になる時、周囲に凝結熱を放出するため、空気の温度の下がり方が緩やかになり、周囲との温度差を生み上昇の原動力になる。また、上昇途中で雲粒は水滴から氷晶に代わるが、この時も凝固熱を放出し、同様に上昇の原動力になる。
従って、湿った空気の方が乾いた空気より飽和状態になり易いので、つまり凝結熱更には凝固熱を放出し易いので、より高く上昇できる。
参考までに...
雲は無数の水や氷の粒である雲粒で形成されているが、凝結だけで雲粒は発生しない。水蒸気が雲粒になるには、「雲凝結核」(くもぎょうけつかく)と言う雲粒の核となるエアロゾル※4が必要になる。エアロゾルに水蒸気(水分子)が付着し集まり、雲粒となる。雲粒は雨粒に比べ非常に小さいので、空気抵抗、更に雲の中で起きている上昇気流により落ちることはなく、故に雲は上空に浮いている。雲の中では、浮遊する雲粒同士がぶつかり合いながら、どんどん合体し大きくなり雨粒となり、重さに耐えれなくなり雨として地上に落下する。
地上に降ってくる雨や雪にはエアロゾルが含まれているので、飲んだり食べたりする行為は愚の骨頂である。
以上、知ったか振って色々述べてしまったが、このセクション(節)で特に言いたかったことは単純で、周囲より暖かい空気は上昇するが、上昇した位置に於いても周囲より暖かい状態が続けば、上昇し続けると言う当たり前のことである。
低気圧とは周囲に比べ気圧の低いところ指す。〇〇〇ヘクトパスカル(hPa)以下が低気圧と定義されている訳でない。高気圧も同様に、周囲に比べ気圧の高いところを指す。
ちなみに、ヘクトパスカルとは圧力の単位であり、ヘクトは100倍を意味する。昔の日本は気圧の単位として、ミリバール(mbar)を使用していたが、1992年から国際標準に合わせヘクトパスカルを使用するように変わった。標高0mでの平均的気圧は、1013.25 hPa(1気圧)である。
上昇した空気の塊はより気圧の低い位置に移るので断熱膨張する。膨張は、空気の塊が周囲の空気を押していることなので、エネルギーを使っており、空気中の分子の運動エネルギーが減っていることになる。気温とは、分子レベルで見ると、気体分子の運動エネルギーの大きさを表したものである。従って、気圧が下がると、断熱膨張し気温が下がる(分子の運動エネルギーが減る)。
なお、高度が高くなる程気温が下がるが、その要因は気圧だけでない。地表面は空気より太陽エネルギーを吸収する量が遥かに多く、地表面が太陽エネルギーで暖められ、暖められた地表面が空気を暖めているので、地表面に遠くなる程暖められた地表の影響を受け難くなり、気温が低くなってしまう。
空気中に含むことができる水蒸気量には限界があり、水蒸気量が限界に達した状態を「飽和状態」と言い、この時の気温を「露点」(露点温度)と言い、飽和状態になっている時の水蒸気量を「飽和水蒸気量」と言う。
飽和水蒸気量は温度によって左右され、温度が下がれば飽和水蒸気量は減る。従って、飽和状態に達していない空気でも、温度を下げて行けば飽和水蒸気量が小さくなり、いずれ飽和状態になる。飽和状態(露点温度)から更に温度を下げると飽和水蒸気量を超えた水蒸気は水蒸気としていられなくなり、「凝結」が起こる。

エアロゾルは新型コロナウイルス禍で良く耳にするようにもなったが、ウイルスが付着した微粒子だけを指す訳でない。エアロゾルは空気中に浮遊する微粒子のことであり、例えば、地面から吹きあがる土の粒子、海の波しぶき、工場や自動車から出る煙に含まれる微粒子などが挙げられる。
数年前にテレビで遣っていたが、無機物のエアロゾルが核となり雲を形成し雨を降らせていることは確認されているが、それだけでは雲の実態を完全に説明できなく、他にも核となるエアロゾルがあると考えられ、その候補となっているのが空気中を浮遊する微生物(バイオエアロゾル)とのこと。金沢大学の生物学者が研究していて、500m上空に茸の菌糸が浮遊していることを見つけ出し、雨を降らす候補の1つと見ているとの内容であった。なお、雲の実態をより正確に把握できるようになれば、雨の予測精度の向上に繋がることになる。

高度と気温の関係

誰もが、高度が上がる程(地表から離れる程)、気温が下がって行くのは感覚的に分かっている。一般人の行動範囲だけでなく、地球上で最も高いエベレストに於いても同様である。なので、大気圏※5内であれば、高度が上がる程、気温が下がると思っている方がいるかもしれないが、実態は対流圏だけに当てはまることである。

大気上の高度と気温の関係は単純でなく、温度変化の仕方により、地表から順に「対流圏」、「成層圏」、「中間圏」及び「熱圏」に分かれ、次の特徴がある。なお、各圏の境界面を、地表から近い対流圏と成層圏の境界面から順に「対流圏界面」、「成層圏界面」、「中間圏界面」と言う。
対流圏(対流圏界面の高さは、中緯度の日本では11㎞程度
※2」で述べた理由により、高度が上がる程、気温が下がる。よって、エベレストを含め地球上の山は対流圏内に存在するので、登山で高度が上がる程、気温が下がって行く。
成層圏(成層圏界面の高さは、50㎞程度で、気温は0℃程)
成層圏内にはオゾン層がある。オゾン層は、生物に有害な太陽からの紫外線を吸収する働きがあるが、この時熱を放出する。オゾン層から放出した熱が周囲の大気を暖めるため、高度が上がる程、気温が上がる。
中間圏(中間圏界面の高さは85㎞程度であり、気温は-90℃程度となり地球上で最も低い気温)
オゾン層の影響を受けなくなり、高度が高くなる程気温が下がる。
熱圏
太陽からのX線などを直接吸収するため、高度が上がると共に気温は上がり、高度400㎞で1,000℃程度に達する。
1,000℃と言っても、空気が非常に薄いため熱さを感じることがない。言い方を少し変えれば、分子1個当たりの平均の運動エネルギーは大きいが(1,000℃)、分子(空気)の密度が非常に低いので人間に衝突する量(エネルギー)が非常に少なく熱く感じない。
高度と絶対温度との関係
高度と絶対温度との関係グラフ
※ 摂氏(℃) = 絶対温度(K) ー 273.15
※ 気象庁のサイトより

以上、このセクション(節)で言いたかったことは、対流圏では高度が上がる程気温は下がるが、成層圏に入ると気温は下がらず上がることになると言うことである。

高度何kmから宇宙空間が始まるかは統一された定義がないが、国際航空連盟はカーマン・ラインの高度100㎞としている。それに従うと熱圏の下層までが大気圏と言うことになるが、カーマン・ライン以上の高度だと空気が存在しなくなる訳ではない。カーマン・ラインの空気密度は地上の100万分の1程度であり、更に高度が上がれば更に空気密度は低くなるが空気が無くなる訳でない。

かなとこ雲へと成長

積乱雲は上昇の勢いが衰えないまま、もこもこと天に向かって伸びて行くと、やがて対流圏界面に達する。対流圏界面より上の成層圏は高度が上がる程、気温は上がるため、積乱雲は浮力を失い上昇できなくなり、これまでの上昇してきた勢いが水平方向に向かい、雲が横一面に広がって行くことになる。この時の積乱雲の上部は気温が低いので、もこもこした特徴を持つ過冷却の水雲(みずぐも)でなく氷晶からなる氷雲(こおりぐも)に変わっており、氷雲は風に流されて雲表面が滑らかになり、「天気の子」に出てくるような天辺が滑らかな平らな形となる。この形が金床に似ていることから「かなとこ雲」と言う。
なお、これまでの説明で分かるように、積乱雲を含め雲は原則成層圏にはできない※6

例外として成層圏に雲ができることがある。
両極の冬は、太陽が当たらなく成層圏の気温が下がるため、成層圏に雲(極域成層圏雲[きょくいきせいそうけんうん])が発生することもある。成層圏のオゾン破壊は、人間が大気中に放出したフロンだけでなく、この雲が原因となり起こる。
なお、真珠母貝(真珠養殖に使われる貝)の一種であるアコヤガイの貝殻の内側に似た虹色をしていることから真珠母雲(しんじゅぼぐも)とも言う。

真珠母雲
地球の真珠母雲

追記

真珠母雲(Mother-of-pearl clouds)は火星にも存在!

火星は地球に比べ大気が薄く乾燥しているため、雲はめったに発生しないが、上空約60㎞以内の特定の時期(公転周期687日の中での最も寒い時期)の特定の場所(地球で言う赤道付近)に発生することが分かっていた。
今回(2021年3月)のキュリオシティの撮影で、通常より高い位置の雲を発見した。早期に形成された雲は、通常よりも高い位置にあるようである。更に、キュリオシティは真珠母雲の存在も明らかにした。

火星の真珠母雲
火星の真珠母雲

※NASAのサイトより(撮影日:2021年3月5日)

update on Jun.5,2021

連なる「かなとこ雲」

連なる「かなとこ雲」

積乱雲は「天気の子」で描かれていたように複数のかなとこ雲が連なって発生することがあり、そこには下降気流が作用している。

この下降気流は上昇気流で成長した積乱雲自身が雲の中で発生させており、下降気流が生じる原因は次のとおり。
  • 雨粒が落下する時、周囲の空気を引きずり落とすため。
  • 積乱雲上部で生まれる氷晶は、周囲の水蒸気を取り込んで成長し、雪の結晶になる。それが落下する途中で溶けて冷たい雨粒となり、その時周囲の空気から融解熱を奪い、温度が下がり空気が重くなるため。

この下降気流が強くなってくると、上昇気流を打ち消すため積乱雲の勢力は弱まり、大雨を降らせる積乱雲は発生から30分から1時間程度で消滅する。単体の積乱雲の寿命は以外と短い。

一方で、積乱雲が長時間に渡って同じ地域に大雨をもたらすことがある。それは、下降気流が積乱雲を消滅させる原因であるものの、条件が揃うと「バックビルディング」と言う連なった積乱雲を生み出すからである。その仕組みは次のとおり。
上空に適度な風の流れがあると、生まれた積乱雲はその風に流され風下に移動しながら発達し、やがて積乱雲から冷たい下降気流が吹き出し、地表にぶつかり広がる。すると、その冷たい空気は、地上の暖かい空気を押上げ、風上側に新しい積乱雲を生み出す。新しい積乱雲も同様に流され同じことを繰り返し、連なる積乱雲が造りだされる。

これが、近年テレビの天気予報で耳にするようになった「線状降水帯」であり、局地的な集中豪雨となる。