グレースケールの紫陽花

水彩画を描き始め1年を越えた。始めた頃はいつまで続くか不安もあったが、どうにか続いている。
前回の個展開催(野菜・果物編)後、花と樹木を描き始め、この7ヶ月で24作品を描いた。花・樹木編の完了を祝い、(私だけが)待ちに待った3回目の個展を開催する。

備忘録

この章は師匠の動画を参考に描いていて「なるほど!」と思わせてくれたこと、新しく学んだ技法及び自身の失敗・問題点・疑問点等を挙げ、今後の作品制作に活かせるようにするための備忘録である。

チューリップ
チューリップ

花びらの色の出し方に特徴があった。イエローレモンとオペラピンクの2色を使って4色を実現している。上部から順にオペラピンクの部分、イエローレモンにオペラ―ピンクを重ねた部分、イエローレモンの部分、イエローレモンを塗った後に綺麗な筆先で塗ってある色を取り除いた部分となる。

マーガレット
マーガレット

花びらの白は紙の色をそのまま利用するので、各花びらの隙間に緑の背景色を塗ることで実現している。水彩画では、基本的にはホワイトの絵の具を使わない。

紫陽花1輪
紫陽花1輪

花びらの明るい色は、ペインティングナイフで既に塗ってある青色を剥がすことで実現。複雑そうな花びらであるがペインティングナイフを使うことにより簡単に描けた。また、葉脈の筋もペインティングナイフで実現。
実際の花びらの形でないが、絵画的に描いているので紫陽花に見えればOKなのだろう。なお、今回の展示には2作品の紫陽花があり、もう一方の作品は実際の花びらの形を意識して描いている(タイトル名「紫陽花2輪」)。

薔薇①
薔薇①

今の私の実力では師匠のような描き方は無理と感じた大失敗かつ全面修正作品である。
師匠はあの複雑な花ビラの集合体を「神経質にならずに、だいだいの形で良い」と言いながらササッと1分程度で描き、誰が見ても綺麗な花びらにしか見えない出来ばえであった。一方私も、師匠に倣い神経質にならずササッと数分で描いてみたところ、誰が見ても薔薇の花びらに見えない出来ばえとなった。多少の修正で薔薇に見えてくるような状況でなかったので、描いた全花びらの色を水で薄めながら取り除き、師匠の描き方を無視し、花びら1枚1枚をチマチマと描き直した。この修正作業に2時間、あるいは3時間以上取られたかもしれない。費やした時間だけを見れば、師匠は私の足元にも及ばないと言って良い程の大作である。なお、元々はピンクの薔薇を描いているつもりだったが、何べんも塗り直したせいかドス黒い花になった。薔薇には色んな色の花があるから、こんな色の薔薇も世界のどこかにあるだろう。
この大作から5ヶ月後に別の薔薇の動画がアップされていることを知った。「もう一度、薔薇の描き方を教えて」と言う要望が非常に多く新たに制作したとのこと。リベンジのつもりでこの薔薇(タイトル名「薔薇②」)も挑戦したが上手く描けなかった。全く成長していない自分に「トホホ」である。

ハイビスカス
ハイビスカス

花の中央は凹んでいるので暗くし、凹んだ手前は色をちょっと取り除いて明るく。また、花びらの重なっている部分は影を描くことにより立体的になる。
奥の花(後退している花)は単純化して描き、その花びらの裏側の影や葉っぱは「かんしょく」にと。その言葉を聞いた私は、「何のこっちゃ。大食いの番組でもあるまいし。聞き間違いかな?」と思いスルーした。今回、本記事作成ついでに「かんしょく」を調べてみたら「完食」ではなく「寒色」のことだった。となると、奥の花びらの裏側に使った茶色っぽい色は寒色でなく暖色であった。確かに師匠は紫っぽい寒色を使っていた。

広葉樹①
広葉樹①

葉っぱ全体を大きな半球として捉える。
細かい葉っぱに捉われず、日向と日陰を大きく捉える。当然、光の方向を意識して日向や日陰を描くことになるが、なるほどと思ったことは、手前側に存在する葉っぱの塊の上部は、葉っぱ全体の上部に位置しなくても日向になることである。
葉っぱを描く技法は、ドライブラシ及び毛先を割って中心角の大きい扇型状にし突き刺すようにして描く遣り方であった。
葉っぱより下に位置する幹の明暗に関しては、上部の幹は葉っぱの塊の直下に位置するため日陰として描く。

広葉樹②
広葉樹②

上記の「広葉樹①」は、葉っぱ全体を半球として捉えているため奥の葉っぱは見えないが、こちら広葉樹の描き方は複数個の葉っぱの塊として捉えているので、手前にある複数の葉っぱの塊の間から奥の葉っぱの塊が見える。この時、絵を描いている人には、奥の葉っぱの塊は日陰に見え、また単純化で描けば良い。
とは言うものの、この作品に限ったことでもないが、師匠と同じポイントを押さえて描いている筈なのに、なぜか雲泥の差が発生する。

桜の木①
桜の木

この作品は3つの花の塊で構成され、上段に1つ、下段の左右の2つとなり、下段の左の塊は手前側に位置している。この時、太陽の光が左上から来る場合の日向と日陰の位置関係が「なるほど」と思ったので、記録に残して置くことにした。
光は左上から来るので、下段右側の塊は強い日陰となり最も暗くなり、上段の塊の上部は日向になり明るくなる。一方下段左側の塊は、上段の塊より手前にあるので、これも太陽の光りが上部に当たり明るくなる。
上段の塊と下段左側の塊は、どちらも左上から光りが当たるので、同じ明暗で描けばよいかと言うとそうはならない。なぜなら、絵を描いている人から各塊を見た場合の仰角が異なるからである。つまり、上段の塊は仰角が大きいので、言い変えれば下から見上げて見ているような感じなので、強い日向は上部の狭い範囲となり、残りの部分は弱い日向等となる。一方、下段の左側の塊は仰角が小さいので、強い日向は上部の広い範囲となり、その分弱い日向等は狭くなる。

なお、晴天のつもりで描いていたがドス黒い雨雲になってしまった。何でこうなるかな。

落葉樹①
落葉樹

木の幹や枝の明暗の付け方が勉強になった。
太陽の光りは上から来るので、絵を描いている人から見て奥に伸びる幹や枝は光りが良く当たってる部分が見えるので明るくなり、逆に手前に伸びる幹や枝は光りが当っていない部分が見えるので暗くなる。また枝等が四方八方に伸びていれば、明暗の度合も異なってくる。例えば、同じ向かってくる枝でも、向かってくる度合いが大きいほど光りの向きの逆の度合いが大きい面が見えるので、より暗くなる。
なお、枝は上方向に伸びているので、つまり先端の方になるほど絵を描いている人から遠のくので、より明るくなるそうな(私には明るくなる根拠が分からず)。

杉の幹
杉の幹

右上から太陽の光りが当たる場合であり、幹の右側が日向、左側が日陰となるが、更に師匠は、日陰部分に於いてより左側は「反射」を受けると言うことで日陰の色を軽く取り除いていた。
これまでの動画に於いて、野菜・果物を描く時に「反射」で色を取り除くシーンを再三見てきた。この時の「反射」の私の解釈は、テーブル等に置いてある果物等だと光りがテーブルに反射して果物の下部に当たるのかなと思っていた。でも今回は立木の幹を描いている筈なので、私のこれまでの解釈の反射が発生する筈がない。
私の反射の解釈が間違っているのかも。反射とはどう言うことなんだろうか???

紅葉する落葉樹
紅葉する落葉樹

葉っぱの描き方が斬新だった。筆を一切使わず、代わりにA4のコピー用紙を使った。
コピー用紙をくちゃくちゃに丸めることによりできる紙の突起部分を利用して絵の具を付け、丸めた紙を叩くように描く。この時、丸めた紙を回しながら叩くことにより、描かれる絵の具の形が変化する。

八重桜
八重桜

八重桜のように同じ花が沢山ある場合は、主役の花と脇役の花を切り分けて描く。そうすることにより、皆同じようにならない。
水彩画は基本的にはホワイトの絵の具を使わないが、今回のような細かな明るい部分に対し紙の色を残すのは難しいので、不透明絵の具のホワイトを使えば良いとのこと。

白樺
白樺

全体的に水分たっぷりの絵の具を使って、水の力で混色して行き、白樺の幹は混色した絵の具を定規の角等で剥がす技法である。
このような描き方は、描く前から失敗しそうな予感をしていたが、案の定、ぐちゃぐちゃになりかけ、また水分量が少なかったのか、剥がれも悪く、思うような幹を描くこともできなかった。これも失敗かと思いつつ、修正を加えながら、幹は不透明のホワイトを使って実現した。
でも、完成してみると、なぜか上手く描けたように思えてくる。奥行きが感じられ、うっすら靄が掛かった幻想的な世界が広がっているように見える(褒め過ぎかな?)。

備忘録として残しておきたい内容を述べていないが、ここに載せたのはちょっと自慢したくなっただけ。

花束
花束

これまでの作品は鉛筆でアウトラインをササッと描き鉛筆の位置をおおよその目印にして絵の具で形を作っていた。しかし、今回は鉛筆で形をしっかり取る新しい技法であった。そうは言っても、鉛筆で厳密に下書きを描く感じでなく、鉛筆が紙から離れることなく淀み無く描き、師匠は「一筆書きをするかのように」と表現していた。
絵の具を塗る時は、形を鉛筆で描いてあるので、色を塗ることだけに専念すれば良く、色が鉛筆の線より食み出したり、逆に塗り残しがあってもOKである。
なお、鉛筆は4Bを使用。

鉛筆の持ち方(番外編)
鉛筆の持ち方

番外編として、鉛筆の持ち方に対する私の思いを述べる。
師匠が下書きをする様子を見ていると、鉛筆の持ち方が気になる。如何にも画伯らしい持ち方であり、私も真似するようにしているが思うような線が描けなくなる。しかし、赤の他人がこの持ち方でデッサンしている私の姿を見れば、一目を置かれるのことは間違いない。
画伯を目指す私に取って、決して避けて通ることができない持ち方である。

My Art Gallery

今回の24作品を振り返ると、思いの外、上手く描けたと思える作品は殆どない。師匠が描く様子を見ていると簡単そうに見えるが、現実は甘くない。
この個展では、失敗作であろうと描いた全てを展示している。人前に出すのだから、自信作に限定すべきとの考え方もある。しかし、それだと個展を開催できる数の作品を揃うまでに数年を要し、それまでモチベーションを維持しながら描き続ける自身がない。また、その時期の等身大の作品を展示することにより、次回の個展では恥ずかしい作品をもっと減らそうとモチベーションが上がる効果もある。よって、自信作限定の展示を行っていない。

更に、将来巨匠と言われるようになった暁には、過去の失敗作品を見るのも成長過程が見れて感慨深いことだろう。
巨匠の若かりし日のレガシーとなる数々の作品を、先んじて余すところなく満喫してくれたまえ。